富士宮焼きそば
富士宮やきそば(ふじのみややきそば)は、静岡県富士宮市のご当地グルメである焼きそば。古くから当地で食べられてきた焼きそばに新たに「富士宮やきそば」と命名した名称であり、1999年に富士宮市の町おこしについて話し合いをしている際に、独自性がある地元の焼きそばに着目したのがきっかけである。
御当地人気料理特選に選ばれており、B級グルメの人気を決めるB-1グランプリにおいては第1回と第2回は第1位、第3回は特別賞となった。町おこしの成功例として取り上げられることもある。
富士宮やきそばは、通常のやきそばとは製法や調理法、使う食品が異なる点があり、次の3つが挙げられる。
・富士宮やきそば専用の麺を使用する。富士宮やきそば学会は「マルモ食品」「曽我めん」「叶屋」「さのめん(旧木下製麺所)」の麺を指定麺としている。
・油かす(富士宮では「肉かす」と呼ぶ)を使用する。
・仕上げに削り粉をふりかける。
具を炒めた後に指定麺(蒸し麺)を入れ、すぐ少量の水を注いで炒める。水分が飛んだところでやきそばソースを入れてかきまぜる。具とトッピングは、肉かす(油かす)やキャベツ などであり、完成後にサバやイワシの削り粉を振り掛けて食べるのが一般的とされる。店や家庭によっては、イカ、ひき肉、桜エビを入れることもある。桜エビは富士宮市に程近い駿河湾の名産でもある。
「富士宮やきそば」(第4633719号)及び「富士宮やきそば学会(会長:渡辺英彦)」(第4803585号)は、「NPO法人まちづくりトップランナーふじのみや本舗」が所有する登録商標であり、名称を使用して販売するためには、市内の製麺会社(マルモ食品、曽我めん、叶屋、さのめん)と仕入れ契約を交わす、調理法も規定に従う、商標使用料を支払うなどの条件が定められている。
富士宮やきそばを売る店は、お宮横丁など富士宮市内に多く存在するが、市外にも富士宮やきそばを提供する店も増えている。
現在では、B級ご当地グルメとしてすっかり有名になり、
市内のショッピングセンターやスーパーの多くで販売され、通信販売も行われています。
※他、おかし、カップ麺などでも販売
B-1グランプリ優勝から、町おこしにも成功した事例から、
すっかりB級グルメの代名詞のような存在になった富士宮焼きそばでした。
起源
富士宮やきそばに使用する麺の由来については、富士宮市の製麺会社でありこの麺の発明者ともいわれるマルモ食品工業が次のように述べている。
戦後の食料難の時代に創業者の望月晟敏が戦地で食したビーフンを再現しようと試みた過程でこの蒸し麺が生まれました。
— マルモ食品工業
後に会長となる望月は、台湾ビーフンの再現を目指していたのだが、その背景には他に以下のような事情が存在した。
富士宮市は富士山本宮浅間大社の門前町であり、富士登山者や寺社への参拝客が多く訪れていた。また富士宮には身延線の主要駅も存在し、静岡県と山梨県を結ぶ交通の要衝でもあるため、 太平洋戦争の前後には山梨県から物資の調達に来る買い出し客や、物々交換で物資を求めて来る人たちもいた。こうした人々の中には山梨県にやきそばを持ち帰りたいという人がいたが、当時の保冷技術と交通手段は未発達であり、山梨県に到着するまでには麺が傷んでしまうという難題があった。この課題を克服するため麺作りに工夫がなされていったとされる。
富士宮市内では、終戦直後からお好み焼き店や鉄板を備えた駄菓子屋が多く開店し、そこでは主に小麦粉(メリケン粉)の生地に刻みキャベツを入れ、ウスターソースで味付けした具無しのお好み焼きのような食べ物を「洋食」と称して安価で提供していた(一銭洋食を参照)。やきそばもこれらの店で提供された。
当時の富士宮では製糸業が盛んで、信濃絹糸紡績株式会社(現在のシナノケンシ)をはじめ、複数の製糸工場が操業していた。そこで働いていた女工たちが休日に外食をする際にこうした安価な店が利用された。また太平洋戦争当時、富士・富士宮地方から招集された兵士たちはおおよそ満州に派遣されていたことから、戦後復員した元兵士たちにとっても炒麺に似たやきそばは受け入れやすい料理であった。
「富士宮やきそば」としての出発
1990年代後半に青年会議所が開いたワークショップをきっかけに、町おこしでの方向性を考えることとなった。また独自調査の結果、富士宮市はやきそばの消費量が日本一であったことから、2000年に町おこしとして「富士宮やきそば学会」を立ち上げ、地元で食べられている焼きそばを「富士宮やきそば」と命名してPRキャンペーンを行った。
2002年秋には、富士宮やきそばと同様に焼きうどんで町おこしを企画している北九州市の名店と勝負するというイベント「天下分け麺の戦い」が小倉城公園で行われ、この顛末はテレビ番組を通じて全国に放映された。その他にも、同じくやきそばで町おこしをしている横手市と太田市を招いてやきそばの食べ比べを行う「三者麺談」、全国の麺を集めた「やぶさ麺まつり」などを開催し、認知度を上げていった。2004年に「富士宮やきそば」「富士宮やきそば学会」の名称を「NPO法人まちづくりトップランナーふじのみや本舗」が商標登録した。
2005年に運行開始された高速バス「富士宮 - 東京駅線」(ジェイアールバス関東・富士急静岡バスの共同運行)に、2006年に富士宮やきそばにちなんで「やきそばエクスプレス」の路線愛称が付けられた。
2006年2月に八戸市で開催されたB級グルメの祭典であるB-1グランプリの第1回イベントでは初代王者に輝き、次回大会の開催権を獲得した。そして2007年に開催された第2回B-1グランプリで再びグランプリを獲得し二連覇を飾った。これにより富士宮やきそばはマスメディアによって多く紹介されるようになった。2007年2月13日には東洋水産からカップ麺として全国発売された。2008年7月現在、東京都内の一部でもこのカップ麺は継続販売されていた。その後「B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会」(通称「愛Bリーグ」)の本部が富士宮市に置かれ、各地で講演活動を行っている。
お疲れ様です!
— MJS 静岡支社【公式】 (@mjs_shizuoka) June 5, 2024
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魅力
富士宮焼きそばは、静岡県富士宮市のご当地グルメとして知られており、その独特の特徴と美味しさから多くの人々に愛されています。以下に富士宮焼きそばの魅力をいくつかのポイントで紹介します。
1. 特徴的な麺
コシの強い太麺
富士宮焼きそばの最大の特徴は、その独特の麺にあります。一般的な焼きそばよりも太くてコシが強く、もちもちとした食感が楽しめます。この麺は、富士宮市内の製麺所で作られる特製のものが使用されており、地元の風味が感じられます。
2. 特製ソース
地元産のソース
富士宮焼きそばには、地元で生産された特製のソースが使われます。このソースは、甘辛い味わいで麺や具材との相性が抜群です。富士宮市内のソースメーカーが独自にブレンドしたものが使用されており、これが他の焼きそばとは一線を画すポイントとなっています 。
3. 具材のバリエーション
キャベツと肉かす
基本的な具材としてキャベツが使われ、これがシャキシャキとした食感を加えます。また、富士宮焼きそばには「肉かす」(ラードを搾った後の揚げかす)が加えられ、これが風味とコクを一層引き立てます。この肉かすは、独特の旨味を持ち、全体の味を引き締めます。
4. シンプルながら奥深い味わい
焼き方と調理法
シンプルな調理法ながら、麺のコシ、特製ソース、具材のバランスが絶妙で、何度食べても飽きのこない深い味わいが楽しめます。特に、鉄板で焼くことで香ばしさが加わり、さらに美味しさが増します 。
5. 地元愛と伝統
地元住民に愛される味
富士宮焼きそばは、地元のイベントやお祭りなどでも欠かせない存在であり、地域の人々に深く愛されています。地元の製麺所やソースメーカーとの協力により、伝統的な味が守られ続けており、これが観光客にも人気の理由となっています。
富士宮焼きそばの魅力は、コシの強い特製麺、地元産の特製ソース、キャベツと肉かすを使ったシンプルながら奥深い味わい、そして地元愛と伝統にあります。これらの要素が組み合わさることで、他にはない独特の焼きそばが生まれ、地域を超えて多くの人々に愛されるグルメとなっています。